西郷どんの寺田屋事件23話は坂本龍馬でない1回目の薩摩藩内紛

西郷どんの寺田屋事件は23話で!坂本龍馬は絡まない寺田屋事件の方。内容が早速話題に!

 

西郷どんは西郷隆盛の一生をテーマに描かれたドラマなので、多くの日本人が知っている有名な事件や出来事が登場します。

そんな中、ついに『寺田屋事件』も西郷どん23話で放送されます。

放送日は2018年6月17日(日)

見逃した方はこちらでどうぞ

今回の記事では、西郷どんの寺田屋事件について話題になっていることや、実際の真相をまとめてみました!

 

 

西郷どんの寺田屋事件にみんなの感想

これはまだ前回の22話を見た視聴者が、予告で23話に寺田屋事件があると知ってつぶやいた感想(声)です。

寺田屋事件って・・・坂本龍馬が襲撃される事件だよね??坂本龍馬出てきてないけどどうなってるの?
実は、坂本龍馬が襲撃されるのは2回目の寺田屋事件なのです。

寺田屋事件は2回あった!

①文久2年(1862年)薩摩藩の尊皇派志士の鎮撫事件。

②慶応2年(1866年)伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。

西郷どん23話は1回目の寺田屋事件なのです。

次回の西郷どん23話は、西郷信吾(錦戸亮)目線の寺田屋事件になりそうですね。たのしみにしてます!
西郷どん23話の内容は『寺田屋事件(寺田屋騒動)』です。 倒幕をくわだてる有馬新七が壮絶な死を遂げる、薩摩藩の内紛。 有馬新七ら過激派たちを殺しにいったのが同じ郷中仲間の大山格之助らの部隊でした。。。切ないね。

薩摩藩内紛が寺田屋事件、新撰組絡みが池田屋事件。ここ覚えといて~(笑)

 

寺田屋事件(寺田屋騒動)とは?

 

文久2年(1862年)に起こった薩摩藩の尊皇攘夷派志士への薩摩藩の襲撃事件。

1862年の寺田屋事件は薩摩藩の内部抗争と書きましたが、薩摩藩の上層部は公武合体、薩摩藩の過激派志士と言われる人たちは倒幕。

公武合体は、朝廷と幕府を融和させる策。討幕は、その文字のとおり幕府を倒して、朝廷中心に政治を行おうという策。幕府を残すか、倒すかでは、具体的手段は正反対。

薩摩藩では上と下で全く異なる2つの考え方があり、その行き違いが表面化したのが寺田屋事件になります。

 

寺田屋の場所は?


 
京都府京都市伏見区南浜町263

 

精忠組とは?

幕末の薩摩藩に存在した藩内組織です。

誠忠組ともいいます。

西郷や大久保によって結成されましたが、のちに『寺田屋騒動』という仲間同士のきりあいによって結末は事実上崩壊しました。

 

 

有馬新七(ありましんしち)とは?

 

幼少期から国史・古典・朱子学などを学び、14歳で元服しました。

将来有望な文武両道な武士に成長。

精忠組では兄貴分として信頼されていました。

有馬新七(ありましんしち)はやがて尊皇攘夷の思想に激しく傾き、京都所司代の酒井忠義らの襲撃を計画。

仲間(西郷吉之助や大久保一蔵ら)が必死に止めようと説得しましたが聞かず、自らの意思を貫いて

『寺田屋騒動』で壮絶な最期(死)を遂げます。

 

 

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なほこ

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