麒麟がくるで木村文乃キャスト明智光秀の妻『熙子』とはどんな人?

麒麟がくるで木村文乃さん演じる明智光秀の妻『熙子』とはどんな人?

明智光秀は愛妻家だった、愛された熙子(木村文乃さん)とは?

なほこ
今回は熙子と明智光秀(長谷川博己さん)がどんな夫婦だったのか、ということと、木村文乃さんについて注目します。

明智光秀の妻『熙子』とはどんな人?

項目 煕子さん詳細
名前 明智煕子
旧姓 妻木煕子
読み方 つまきひろこ
生年 享禄3年(1530年)
没年 天正4年(1576年)
時代 戦国時代から安土桃山時代にかけて
肩書 明智光秀の正室
煕子の名前 「煕子」という名前は、三浦綾子の小説『細川ガラシャ夫人』で広く知られるようになった
別名 それ以前は「お牧の方」
別名 司馬遼太郎『国盗り物語』では「お槙」
父親 妻木範熙
墓所 西教寺
子ども 3男4女
長女 明智光春(秀満)の室
次女 明智光忠の室
三女 珠(細川ガラシャ)が細川忠興の室
四女 織田信澄の室
嫡男 十兵衛光慶(千代寿丸)
次男 十次郎光泰
三男 乙寿丸

 

 

細川ガラシャの母

 

明智光秀の三女が「細川ガラシャ」です。

細川ガラシャは、細川忠興の妻であり、熊本城を築城した加藤清正ののちに入った細川忠利の母です。

総理大臣をされた細川護熙氏のご先祖様。

なほこ
私は細川ガラシャが個人的に大好きで、関連史跡にもたくさん行ったみたほどです。

その細川ガラシャの母が『煕子』であります。

 

明智光秀の妻『熙子』の関連本はこれ

 


こちらの本です。
細川ガラシャ夫人(上巻)↓

 

「あばたもえくぼ」?熙子一筋だった明智光秀

明智光秀は美濃の斎藤道三が、治める地域で生まれ、早くに父を亡くし母の牧(石川さゆりさん)と父の弟である明智光安(西村まさ彦さん)に育てられました。

明智家は斎藤道三(本木雅弘さん)に仕えていましたが、明智光秀が結婚する時には主君を失っていたため、明智光秀は「牢人」という身分になっていました。

なほこ
牢人というと、どこかの牢屋に閉じ込められたイメージですが、この時代は浪人のことを牢人と呼んでいたそうです。

なので、嫁を取るのにはちょっと・・・という貧乏家庭でしたが、熙子はそんな明智光秀の過程を婚約の話が出る前から支えていた、優しい娘でした。

二人が結婚するのには自然な流れで、明智光秀と熙子は婚約します。

けれど嫁入りが決まっていた熙子に一大事がおこります。

熙子は疱瘡にかかり顔に疱瘡の跡が残ってしまいました。

自分の姿を醜いと思った熙子は、明智光秀に、自分ではなく妹と結婚してほしいといいます。

けれど明智光秀にとって貧乏家庭でもずっと尽くしてくれた熙子が、どんな見た目になっても大切な人でした。

明智光秀と熙子は結婚し、3男4女に恵まれました。

いろいろな俗説もあるのですが、明智光秀は生涯側室を持たずに過ごしました。

明智光秀と熙子の物語に松尾芭蕉も感動

明智光秀と熙子の生活は本当に苦しかったそうです。

牢人だった明智光秀は朝倉義景に仕えるようになったのですが、連歌会の催しを準備する任務を明智光秀は任されました。

事前にお金を渡されているわけではないので、明智光秀が途方に暮れているところに熙子が髪の毛を売って連歌会の催しの準備をしたそうです。

『月さびよ明智が妻の話せむ』

芭蕉が46歳の時の元禄2年(1689年)に詠まれた句で「さみしい月明かりの下ですが、明智光秀の妻の話をしましょう」という簡単に訳すとこうなります。

ただこの句には深いところに「あなたの心がけは、報われる日が来る」という意味も含んでいると言われています。

これは松尾芭蕉が、奥の細道の旅を終えて伊勢の遷宮参詣をしたときに、貧しいのに松尾芭蕉をもてなしてくれた又幻という夫婦の行いに感謝して作った句です。

そんな熙子が内助の功を見せた逸話と、江戸時代に松尾芭蕉が受けたもてなしへの思いが重なった素敵な句です。

滋賀県大津市坂本5丁目13番1号にある明智光秀・熙子の墓のある西教寺にこの句碑もたっています。

 

熙子(ひろこ)を演じる木村文乃さんはどんな人?

木村文乃(きむらふみの)さんは1987年10月19日東京都出身の女優さんです。

なほこ
現在32歳で10月生まれ、熙子は歴史上では明智光秀よりも先に死ぬので、木村文乃さんの32歳はまさに熙子とともに生きるのでは?と感じます。

2004年映画「アダン」のオーディションで主演を射止め、2006年にこの映画が公開されてデビューとなりました。

NHKに初出演はデビュー作の公開の年の2006年、大河ドラマ「功名が辻」で奥宮弥兵衛の娘でテレビドラマデビューです。

NHKではこのほかに朝ドラ「だんだん」で主人公のライバル役(2008年)を演じ、「梅ちゃん先生」では主人公の兄嫁として出演しました。

プライベートでは趣味は乗馬・剣道・スキー・水泳とデビュー作から大河ドラマに起用される理由がわかるような趣味を持っています。
これまでの史実ではふんわりとした柔らかな女性として評判の熙子が馬に乗り剣を取るシーンがあるのかは今の事路不明ですが、今回は新しい熙子を描きたいと番組側も言っているそうなので、その点も楽しみです。

木村文乃さんは、2006年ごろからアトピー性アトピー性皮膚炎で仕事を休業することになりました。

引退も視野に入れ、チラシ配りやウエイトレス、病院の受付、結婚式場で花嫁の介添えなど様々なアルバイトをしといいます。

23歳の時に現在の事務所にスカウトされ、芸能活動を再開することができたそうです。

なほこ
アトピー性皮膚炎で、休業するほどひどかったのに復帰できたのは早めの治療がよかったのでしょうか。

熙子のように跡が残らなくてよかったですね。

でもこの経験は、熙子を演じるのにとても役に立つのではないでしょうか。

なほこ
2019年の「だてん」は実際の人物に似た俳優を選んだと聞きます。
「麒麟がくる」でも、どこかに共通点のある俳優さんをつかっているのか、たのしみになります。

 

最後までご覧いただきありがとうございます!

なほこ

今回は記事を最後までご覧いただき、ありがとうございます。

当サイトでは今後も大河ドラマをもっと深く楽しめるよう新しい情報を配信していきます♪

LINE@にてお友達登録して頂ければ、最新の情報をいち早くお届けできます。

何か気になることや調べてほしいことなどありましたらLINE@にてお気軽にコメントいただけると、記事にしてお伝えしますね!

↓こちらから↓
友だち追加

こちらもお楽しみ下さい♪