土持政照せごどんを救った沖永良部島の役人のその後が立派!

西郷隆盛が2回目の島流しにあった沖永良部島。
死にかけた西郷の命を救って屋敷牢に移してあげたのが『土持正照』です。

土持正照
(読み方:つちもちまさてる

西郷どん(せごどん)が生き延びられたのは、この土持政照の温情があったからだと言っても過言ではありません!!

そんな土持正照について、沖永良部島での活躍やキャスト俳優さんなどをご紹介します。

なほこ
土持政照は西郷を救っただけでなく、西郷隆盛から受け継いだ知恵で沖永良部島の島民の生活向上のために尽力した立派な人でした!

 

せごどんを救った沖永良部島の土持政照の画像

 

実際の画像を探してみました。

銅像しかありませんでした。

西郷南洲記念館にある土持政照の銅像。

西郷南洲記念館の中にある西郷隆盛と土持政照の兄弟の契り

 

土持政照のキャスト俳優『斎藤嘉樹』さん

 

 

項目 土持政照キャスト俳優
俳優名 斎藤嘉樹
読み方 さいとうよしき
生年月日 1991年2月15日
出身 神奈川県
主演作 映画『ひゃくはち』
NHK作品 あまちゃん

 

キャストの斎藤嘉樹さんのせごどん裏話

「僕は大河ドラマはもちろん、時代劇に出演するのも初めてで、撮影に入るまではかなりのプレッシャーを感じていました。
そんな不安を払拭してくれたのが、鈴木亮平さん(西郷どん役)でした。
沖永良部島でのロケ撮影の初日が悪天候で撮休になり、たまたま島民の方に連れていかれた居酒屋に亮平さんたちがいらっしゃったんです。
すると亮平さんは、みなさんにていねいに僕のことを紹介しながら同席をすすめ、僕の隣に座ってさまざまなアドバイスをしてくださいました。
そのときの亮平さんは、まるで西郷さんのようで、あたたかい愛にあふれていましたね。

⇒西郷どんガイドブック続より

なほこ
さすが大河の主役をつとめる器ですね~。

その後は斎藤嘉樹さんと鈴木亮平さんは撮影の合間にも常に一緒にいてアイコンタクトできるくらい仲良くされていたそうです♬

 

土持政照とはどんな人物だった?

 

1834年~1902年

土持正照の仕事内容は?

幕末の沖永良部島の間切横目(まぎりよこめ)
(現在の警察官の巡査にあたる)

 

父親

土持綱政(薩摩藩士)

母親

土持鶴(土持綱政の島妻)

土持政照の生い立ち

父が沖永良部島に来た時、母との間にできた島妻の子供。

薩摩(鹿児島)の土持家に引き取られて育てられ学問を身につけましたが、土持家に跡取りの長男が生まれたので、沖永良部島に返されました。

 

西郷隆盛と土持政照の関係

罪人として沖永良部島にやってきた西郷隆盛の人柄に惚れ、吹きさらしの牢で衰弱していく姿を見かねます。

そして

土持政照は自費で!
西郷隆盛のために座敷牢を作ります。

命を救われた西郷隆盛は土持に感謝し、兄弟の契りを結びます。

明治3年、西郷隆盛の教えをもとに、凶作に備える互助組織『社倉』を設立。

沖永良部島の発展に尽力した人です。

 

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